研究の方向性

たまに「宮本さんのブログ見てますよ!」と指摘され,返答に困って,「まもともなこと書いてない」.と反省しています.


来週からアフリカを皮切りとした海外出張があり,手をつけないといけない仕事と,追い寄せる仕事に我を忘れています.


...と言い訳です.


ちょっとマジメなお話しを.

昨日,京都の某研究所の猛暑の京都での研究会に参加でき,刺激を受けた.というのは,考古学者(考古学の人は,考古学徒?)の研究の方法論の発表.

数年前,当方も悩んだこと(題名が拙論と同じ)と同じで,共感と連鎖を覚えた.

結論としては,「そういう時期もあるのだと思った.」

自己の専門分化した方法論で業績を蓄積し,その間,専門分化した領域と研究者仲間での議論を,就職なりして,立場が変化した時,自己の研究をどういった表現や文脈でアッピールするのか?.を悩む時期だと感じた.
そこで,失敗してほしくないと思った.

・・・ただし,安易に「役に立つ」とか無理をして「こういったことの可能性がある」との指摘は,結果として(あくまで),無理が生じる.


科学100年以上の厚みはほんとうに大事だと実感した.学生さんには,その楽しさをしって欲しいとも感じた.



研究史を紐解き,先人の知見に学ぶ「余裕」が必要だと感じた(私もである).

このときは,猛暑にもかかわらず,ビール(本物)の誘惑を排除して帰宅した.


考えること多き一日だった.

まだ,余裕がある証拠だろうか.ないんだけど.

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