5ドル(5US$)の憂鬱

今回のペルー・アンデス調査では,某,米国系航空会社を利用した.この航空会社は,博士課程1年,年度末の「(生き方に)迷っている時期」に,某奈良で同じように迷っていた院生友人をそそのかして(某奨学金を利用して),【三ヶ月間オープンチケット,オーストラリア7万円】という当時でも,いまでもとんでもない格安チケット(滞在も,90%キャンピングだったので1月いても10万円以内だった),で旅行して以来(10年以上前で,その成果は学会発表済)だ.
(その後,某教授から豪州まで電話で呼び出された).


このチケットは,グアム,トランジット一週間というとんでもないものだった(とんでもないが,お金がなかったので,グアムでは,お金持ちの日本人ギャルとプライベートビーチを尻目に,毎日,毎日,「なまこ」にまみれつつ,泳いでばかりで,珊瑚礁地形を,堪能した.(途中,合流した友人は,大手電力会社に就職していたので,たかって,こういった地形アドバイザーみたいな商売もいいんじゃないかと励まされつつも,先の見えない生活に悩んでいたし,また,「なまこ」をはじめて食した人間を尊敬した.)).


グアムでは,移動するにも公共交通機関がなく,お金が必要なシステムで,二度と行かないだろう.ただし,戦争というものの位置づけをグアムでの米国のプロパガンダをみて,感じ入り,今のアジアでのフィールド.ワークに活きている.).



前置きが,長くなったが,こういったように【思い出深い】航空会社だった.

この航空会社,ビールを飲むにも,ワインを頼むにも【5ドル】の会話.
「はああ,.....という感じ」

別に,泥酔するほど若くもないし,それなりに旅の経験を積んでいるつもりだが,「5ドル」,「5ドル」を連発されると・・・・
(こちらは,20時間近く,狭いエコノミーなのだし,徹夜なのに・・・)・

まったく,サービス精神に欠けるので,こちらも火がついて,1ドル札を腹巻きからさっそく用意して,北米までのルートで,3回,「こちらから」,ねだりにゆきました.
(その後の,北米ー南米ルートは,ラテンのノリで圧倒され,緊張でお酒の概念が浮上してこなかった・・・・).


しかし,

さすがに,帰りは疲弊の極地なので,「1回」におさえました.

なんだが,むなしいような感じがして・・・・・・・.



【【結論】】

「究極に,メタボなキャビン・アテンダントから「5ドル」とは,指摘されたくない!」

明日は,インドです!もちろん【徹夜】!.研究発表の準備は,機内でします.

(写真説明)
写真は,ペルー北部乾燥地域の海岸からみた大西洋.この写真を撮影した地点でもプレ・インカの遺跡が確認されている.
早朝だったが,とても感動した.

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