三つ子のタマシイ

自分の日々の行動や発言について「落ち込む」瞬間がある.
しかし,
自分がなぜ上記の行動をするのか自分に説明を求める余裕もある.


研究をなぜ始めてこれまで続けてこれたのか?(そんなトシでもないが).

結論

「人との出逢い」である.

小学生から高校生にかけては考古学にたいへん興味があり,田舎の情報がすくない環境にあって,近所の古墳や寺院跡をひとりで自転車で探検に行っては,遺物採集や発掘もどきを行っていた.大学の学部学生のころは,「とうぜん」の様に授業などにはでず,他の研究所や発掘のアルバイトに精を出していた.

そのころ尊敬し,いまも厳しいある先生が「三つ子の魂・・」という短文を発表された.
先生には一冊の著作に感銘をうけ,先輩のつてで押しかけの弟子入りだった.先生の文章はむさぼり読んだ.また学部学生時代にある中東地域の海外調査につれていってくださった.

それが私にとっての「三つ子」である.

先生はよくお茶をのみながらこう話されていた.

「何事も書け」
また
「若いときの感受性が豊かなときほど海外に出ろ!」
と.

すべてをかみ砕いて「理解」できているとは自分でも思えないが,その意味が少しの経験から理解できるオトシにはなってきた.

また先輩も大きい.
先輩方々は今の頭が上がらないし,厳しく接していただけているし,一緒に仕事ができる幸せも経験できている.また友人や後輩も同じ.

そういった経験はインターネットも携帯電話もなかった時代だが,過去ではない.

オチはないが,志(こころざし)をキーワードに自分の経験で妄想していると,そんな「体験」は大切だなあとニヤニヤしながら考えている.

おしまい

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