業績追加(2013年9月11日)

以下のように,ヒマラヤ研究の成果の一端が公表された.

この更新にあわせて,他の細部についても若干の修正を行った.

 

Shinji MIYAMOTO, Kazuo ANDO, Nityananda DEKA, Abani Kumar BHAGABATI and Tomo RIBA (2012) Historical migration and land development around the eastern Himalayas. Journal of Agroforestry and Environment, 6 (2), 25-28.

夏休みの岡山城下町の実習(2013年9月9日)

夏休み中というのに,先月末,チベットと韓国から帰国帰国直後に,「野外調査法実習1(地理)」を実施.

「あしたり岡山」の方に,解説を今年もお願いした.

 

私のイメージは「ブラタモリ」である.

 

地理と歴史を,一緒に学ぶ過程で,マチ・街はいっそ深みを増す.それは,街でなくても地域を理解するためには,

「地理(空間)と歴史(時間軸)」からの視点はとても大事である.

 

・・・すこしは,そのおもしろさを20才,もしくは20才直前の諸君は分かってくれた!?.

 

私自身も,昨年はまったく岡山のことは理解外であったが,すこしだけ知識だけはついたことを,実感できた機会でもあった.

 

しかし,暑かった...

 

夏休みは?!

 

Field Work in Okayama City. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO

Field Work in Okayama City. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO

Yarlung Tsangpo, Tibet:ヤルンツァンポ川:チベット(2013年8月30日)

Yarlung Tsangpo. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO. Aug. / 2013

Yarlung Tsangpo. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO. Aug. / 2013

科研費・基盤研究C「アジア・モンスーン地域における土地開発の歴史的変容とその要因解明」,

(研究代表者:宮本真二,課題番号:25370929)で,チベットの現地調査を行った.

これまで,何度かチベットの現地調査のチャンスはあったが,ことごとく政情によってキャンセルされてきたので,今回は

20年以来の待望の機会だった.

事前に学生時代の指導教官の著作等を用意して現地に入った.

 

これまで,ヒマラヤの南面,それも東ヒマラヤを中心とした現地調査を行ってきたので,「乾燥した高地」はとても

新鮮だった.特に,堆積物を観察していて感じたのは,半乾燥地域を調査していたナミビアでの砂漠のなかの細粒堆積物

だった.

 

・・いろいろ解釈したり,考えたりしたことは多々あるが,写真のように「ヤルンツァンポ川」を渡るときは,初めてヒマラヤ

に立った時の感慨をかみしめながら,シャッターを押し続けた.

(実際は,この渡し船の到着が二時間も遅れて,夕方のフライトを気にしながらの調査だった.対面の若い女性は北京近郊からきた30才のバックパッカーで,元気ハツラツ).

 

WEBのトップページのように,ポタラ宮を背景に,新婚写真に熱中するような若さはないが,今回の旅で見えてきたことはいくつもあった.

 

 

帰国したら,ママ韓国に飛んで・・・夏は,いつの間にか「終わり!?」

お盆の大学と,締め切りと「長靴と」(2013年8月15日)

Okayama Univ. of Science. 5F. 21 Buil. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO. 15th/Aug. 2013

Okayama Univ. of Science. 5F. 21 Buil. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO. 15th/Aug. 2013

この時期,海外にでかけていることが多かったが,今年は,たまたま日本にいると,たまった仕事で大学に,ふつうに来てしまうのは,学生からの習慣.

ほかに行くところを知らない.

 

とうぜん,学生さんも,事務の人も少なくて,工事の人が大半で,閑散としたキャンパス.

 

理系の大学なので,実験系の学部の先生は夏休みも関係なく,出勤されている.フィールド系の先生は,フィールドへ..

 

「酷暑」で,日中は,立ちくらみそうなほど,瀬戸内の気候も厳しく,研究室も空調は効いていても暑い.

 

⇒あと,一度下がってくれると「快適」だが,窓際は暑く,熱中症に気をつけながら,いろいろな作業を進めた.

 

この期間はとても貴重.

 

・・・と思っていたら,家人らは,「・・・・・・」らしい.

学科でも,少なくとも三人の先生は,毎日研究室にいはる.

 

みなさん,「大学が好きで,研究大好きなんだと」感じ入る.

 

結構なことです...

 

【写真】

息詰まると,掃除に励んで,いろいろ片付く.

研究室前.誰もいないが,ヘルメットと長靴が目立つ.

Wikipediaの自己書き込みと,大学の夏休み?(2013年8月7日)

大学は学内のいろいろな工事が始まり,夏休みらしくなってきたが,いろいろな締め切りで,忙しい.

 

そのようななか,表題のように「Wikipediaへ自己書き込み」するヒトを確認.

知人を介して,知った直後,・・・となって,ある程度の知識があれば,「見合いの・・・」で,ネットでの露出があれば,評価に結びつくと感じているのだろうか!?

と,(苦笑).

 

秋からの学会で発表するネタを仕込んだり,原稿のコンテンツを考えたり,実験処理の手順を考えたり,科研費の購入品,海外調査の手配など.......自転車操業!

 

 

【研究室の比較写真】左は今年の3月(2013年3月).右は昨年の6月(2012年6月).「景観」変遷が著しい.今は,少し進化し,文献整理が進展.

 

Dr. MIYAMOTO's Laboratory (April. 2012)

Dr. MIYAMOTO’s Laboratory (April. /2012)

Mar. /Miyamoto Labo. /2013

Dr. MIYAMOTO’s Labo. (Mar. /2013)

オープンキャンパス(2013年8月5日)

今年度二回目のオープンキャンパスが,8月3・4日開催された.

今年は二年目なので,それ以前は分かりませんが,「自分が高校生の時は,このようなイベントはなかったなあ・・・」と感じながら,

21号館をあがったり,下がったりしていた.

「おしゃれな」なところがない「マジメな理系大学」の一端を,写真のように,「楽しんで」いただけたら・・・・と広報委員の一人として考えていました.

 

Opencampus 201308

神戸と琵琶湖博物館・ナマズと,アフリカと(2013年7月8日)

七夕は,「文部科学省科学研究費補助金,基盤研究B(海外)「東アフリカにおける「早すぎる高齢化」とケアの多様性をめぐる学際的研究」(研究代表者:長崎大学環境科学部・准教授:増田 研),(研究分担者)」の第1回打ち合わせで,甲南女子大学に出張した.

 

甲南女子大学は,前職の2001年度,滋賀県立琵琶湖博物館企画展示「鯰(なまず)ー魚がむすぶ琵琶湖と田んぼ−」の調査で,1999年頃から本草書の調査で通って,写真撮影等をした思い出の地.その思い出は,「The 女子大」というカルチャーショックの記憶もさることながら,Kobe・神戸という地も鮮明な思い出も印象深いもので,約10年ぶりの甲南女子大学の訪問だった.

この企画展示の成果は,私にとっては大きく,編著二冊,論文二本,学会発表5本程度と,30代初等の異分野つながりを構築しようとした段階では,とても印象深い仕事だったし,琵琶湖博物館自体も若い博物館で,組織として勢いがあったことは,部外者で共有できる部分がある.

このプロジェクトで切磋琢磨した前畑政善さん(魚類生態学)も,牧野厚史さん(環境社会学)も,博物館を離れ,新天地の大学でご活躍(神戸学院大学と熊本大学)されており,私もがんばらないといけない,と感じ入った機会でもあった.

研究会は,代表者の増田研さんにとっても,私にとっても新鮮なもので,「自分の役割」について考える機会となった.これまで参加させていただいた異分野のプロジェクトでの経験を活かして,私自身が新鮮で楽しめる機会にしたいと思いながら,帰路についた.

増田さんつながりでいうと,共通項はいまわなき「東京都立大学」出身と言うことだけだが,研究科も違う(人文と理学部)が,タマタマな接点がめぐり巡ってという,関係.

そういった意味において,他もメンバーの方も同様で,「たまたま」つながりですが,普段の専門性(否定的な意味においては,ギルド社会)のなかでは,うまれてこないグループだとも感じ入った.

 

【写真】梅雨のおわりを感じさせるような快晴の神戸を眼下に.(実は,汗だくになって大学にたどり着いた).

"KOBE" from Kounan Woman's University. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO July, 2013.

“KOBE” from Kounan Woman’s University. Photo by Dr. Shinji MIYAMOTO July, 2013.

環境考古学の「周辺」(2013年6月15日)

研究者を志すようになって,遺跡の現場に頻繁に通うようになったのは大学の二回生になった頃だった.その時の遺跡現場の発掘担当者は,地理学プロパーの方で,考古学の現場で地理らしい研究を展開する意味をよくご教示いただいた.

その頃,盛んに出てきた言葉は,「マージナル=marginal=周辺や境界」という言説.

当時の考古学(日本)において「環境」を対象化することは,「環境決定論」の一言で,怪訝な顔をされたり,感情論的な批判(感情なので批判に相当しない)にさらされたりもした.

 

それから,約10年経過した.

 

考古学(日本という限定付き)が主催する,研究課題,主題などにおいて,環境と関するものがいかに多いことか!(正直,変わり身の早さに唖然する場面の多い)

環境考古学が,地理学の研究史の中で位置づけることが,正確な記述であることは論を待たない(宮本,2013).考古学(あくまで日本)にとって,地理学は「周辺」であったが,周辺から登壇した領域(環境考古学;安田(1980))の魅力を開拓し続けたい.

 

文献

安田喜憲(1980)『環境考古学事始:日本列島2万年』,NHKブックス,270p.

宮本真二(2013)地理学と環境考古学.動物考古学,30,435-442.