「春雷」の経験

というタイトルの小説を,大学学部時代読んだ記憶がある.

しかし,以下は全く関係ない内容.

ここ数日はいろいろ「履歴」について考えさせられることが多く,少々,「忘れてしまいたい・・・」と酩酊する日々.
抽象度をあげると,自己を説明させる理屈を思考しているということかもしれない

という少々,気が重い(めいる)オジサンの気持ちだったが,春雷と初夏の日差しのなか,健康的な休日だった.

明るく転換!(したい.根は暗いのである(告白))

大学院の1年目に初めて熱帯アフリカの数カ国とフランスを訪れる機会があった.帰国途中の南フランスのある街の研究者に,つたない英語でこう質問した.

「なぜ,研究しているのですか?」

(あたりまえのような表情で)

「楽しむためだ!」

憧れの大地,アフリカに立ったあとの高揚感と緊張感は,このコトバですこし薄らいだ.
結果として,旅を楽しむ術をすこしは覚えたのだ.

そのはじめてのアフリカ旅から約10年.

「アフリカの水を一度飲むと,また帰ってくる(忘れられなくなる)」

を地で行っている自分である.


「どこの国が一番印象に残っていますか?」という問い.
私にとっては愚問である.

「どこも印象的であると表現できる感性と感受性を維持することこと,緊張感の持続である」.

つまり,印象にのこっていないことは自己の感受性の欠如である.


・・・・・妄想の初夏!である.


旅にでると,当り前の日本が実はそうではない事実を再発見できる.

簡単にいえば,「相対化」なんだが,コトバで表現すると陳腐にもなる.

難しいなあ,コトバは・・・・・・

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